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imterlawの日記

郊外にぽつんと立った豪華な屋敷

絶対防衛レヴィアタン再考(1話までの感想であることを注意せよ)

毎クール毎クール、俗に言う「クソアニメ」という奴は性懲りもなく現れる。

こいつは曲者だ。見る前から怪しげなにおいがする時もあれば、見るからに面白そうなアニメが話が進む中、突如としてクソアニメとしての本性を現すことも少なくはない。

 

絶対防衛レヴィアタン、このアニメは「見るからに怪しいにおいがするから興味本位で近づいたら逃げられなくなるクソのブラックホール」だ。引きずり込まれたものもクソまみれになる。

このアニメを見ていない、いまだか弱き仔羊諸君には是非ニコニコ動画の公式配信を見ることを進めたい。(ttp://www.nicovideo.jp/watch/1365386814

以下、ネタバレの嵐である。

 

まずこのアニメを視聴して驚くことはOPの動かなさ、だろう。

怪しい、見るからに低予算アニメだ。「不釣り合いに」声優が豪華なのが我々を釣る餌なのではないか、と勘繰りだす人もいるに違いない。それは正しい、が気付くのが少し遅かった。あなたは既にレヴィアタンというウツボカズラの捕食器の中にいるのだ。一度レヴィアタンを見たものは視聴をやめることはできない。溶かされるのを座して待て。

 

我慢して視聴する「あなた」は唐突に表れる虫、そしてその虫を追っかける3人の姿に「おいてけぼり」にされてしまう。「なぜ落とした食事のアップのカットが入るのか」、「荷物を置いていってとられたりしないのか」と頭の片隅に疑念を感じた者、それはレヴィパワーが足りていない。このアニメに「疑問」を持つ者はまだこのレヴィワールドを我々の現実の価値基準で見ている。このアニメでは我々の知る「常識」は成り立たない。感情表現、行動基準、社会規範、すべてがこの現実と「どこかかみ合わない」。

当然だろう、ここは地球ではない、水の惑星「アクアフォール」なのだから。

赤い服を着た少女の間延びした「まてー」の叫びに趣を感じる、そういう人材こそこのレヴィワールドにふさわしい。

 

次のシーン、3人の「何故か息の合った」攻撃で虫は霧散する。その後3人は突然「まともさ」を取り戻したかのような言動を見せ、それぞれ分かれる。

レヴィアタンの「だれ・・・?」というセリフには笑ってしまう。まずレヴィアタン、お前は誰だよ。

水を操れないレヴィアタン、幼少期の方がまともだったかのような回想、そして謎の変身シーン。ここで我々視聴者は、この第1回全日本レヴィアタン徒競走においてレヴィアタンと相当の差をつけられてしまう。

もうこのアニメは我々のはるか先に行ってしまった。諦めて歩いて追いかけるしかない。視聴者は多分このあたりで、アニメのすべてを受け入れるおおらかな心を持つのだ。

 

そのあとの妖精シロップのシーン、もう触れる気にもならない。一つ押さえておくとすれば、ここでレヴィアタンが突っ込みどころに回るのが面白い。

我々視聴者がレヴィアタンを突っ込み、レヴィアタンはシロップを突っ込む入れ子構造、突っ込みのマトリョーシカの中に「我々」も気づいたら入っているではないか。

なぜこのクソアニメの世界に我々も入ってしまったのか、これがレヴィアタンブラックホールだ。アニメの唐突な展開に完全に放置されたと思いきや、いつの間にか我々が引きずり込まれている。

見るからに死にそうな先遣隊の派遣、などといったクソ展開も無視しよう。こいつらはどうせ死ぬ。

 

男に絡まれた女を助けるシーン。これもブツ切りだ。唐突に場面転換する。このアニメは自然な展開というものを使う気はないらしい。

レヴィアタンが鍵しっぽ亭に入る前の「ま、いっか」。ここも全く理解できない。

何故まあいいのか。今まで案内してたはずの妖精が消えて、それをどうでもいいと片づけてまで、そこまでして麦茶が飲みたいか?。家で麦茶が作れない世界なのだろうか。

 

レヴィアタン1話最大の面白さ。それは店破壊後のシーンだ。なぜそこで「アハハハ」と笑えるのか。笑顔を忘れた少女、レヴィアタンはここで笑顔を忘れることを「忘れる」。このシーンは何回見ても意味が解らない。つい1秒前までは店破壊という「罪」に対する反省をしてる、かのように見えた3人は何処に行ったのか。なぜこのシーンで唐突に自己紹介できるのか。

この1秒の間に我々の知ってるレヴィアタンは消えた。明らかに会話がかみ合わない。このわずか一瞬の間にレヴィアタンたちの記憶が改変され、彼女たちの中で店破壊という事実は消えてしまったのかもしれない。これがラッセルの世界5分前仮説なのか(全然違う)。

 

と、まあ1話はアニメの体すら保ってないクソなのだが、何故だか引き込まれてしまいう。

と、こんな感じで2話もメタメタに叩き潰そうと考えていた矢先、ちょうどこの記事を書いているときにレヴィアタン3話が放送されてしまった。

このレヴィアタン3話は私のこれまでのレヴィアタン観を根底からひっくり返してしまった。詳しくは次の記事に書くが、脚本の整合性、キャラの行動の面白さ、そして伏線の使用、といった「面白アニメ」の要素が突然登場したのだ。ツイッターの方にも書いたが「今まではいはいもできなかった赤子が突如立って爆走する姿を見た」かのような、そんな感動を覚えたのだ。

この記事は「古い」レヴィアタンについての感想だ。これからこのアニメがどう化けるか全く想像もつかない。

「クソのブラックホールを抜けたらそこは天国だった」のかもしれない。

 

レヴィアタン再考」というタイトルをここで「レヴィアタン最高」に訂正しよう。

クソアニメもまだ捨てたものではない。最初が手の施しようがないクソなのに突如第二形態になって盛り返す、そんなRPGのラスボスのような展開が待っているとは1話だけでは想像もできなかった。

レヴィアタン、深い物であるなぁ。