imterlawの日記

郊外にぽつんと立った豪華な屋敷

【RAGE 2019 autumn マネーフィニッシュ】テンポリモニウム

【はじめに】

rageに参加し、1年半ぶりにday2進出し、1年半ぶりにマネーフィニッシュを得られた。

今回持ちこんだのはヴァンプビショップ。

 

今回の勝因は運も良かった上に、テンポリモニウムというアーキタイプを持ち込めた(完全に偶然)のが環境的に良かったのもあると考えている。

 

 

【テンポリモニウムとは】

エイラのデッキタイプは大きく二つに分けられる。

一つはエイラを利用した勝ちを主軸とし、エイラを後半に引いたとしても勝てるようなオリヴィエを採用したコンシードエイラ。オリヴィエクルトのボード逆転性能はあまりにも強く、また強くはないものの後からエイラを出す動きも可能だ。

 

(RUMOIプロのエイラがオリヴィエをサーチするルリアまで入れた特徴的なリスト)

 

 

もう一つはリモニウムを主軸とし、リモニウムの救済のコスト踏み倒しによるテンポスイングと、圧倒的な除去耐性のイージスの高速着地を利用しエイラなしの勝ちパターンを探るため、機械カードを積み増した「テンポリモニウム」というデッキである。

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私の持ち込んだテンポリモニウム



 

デッキの特徴としては、マシンエンジェルの採用、リモニウムのフル採用、ユニコーンないとの不採用、鉄鋼の翼人の採用がある。

 

 

【なぜリモニウムなのか】

セクシーエイラのナーフ前の当初の環境では、リモニウムを勝ち筋に据えるという

パターンは少なかったと感じている。

リモニウムは明らかにエイラセクシーナーフによって価値が跳ね上がったカードだ。

理由は2点。

 

エイラが4コスに上がったことで後手4エイラが「ただゴリアテを出すだけ」

の動きとなり、4ターン目に限る動きならばスタッツ救済の価値を鑑みてリモニウムを投げるほうが強い時もある点

 

・セクシーのバリューによる序盤の復讐の圧倒的なパワームーブがなくなり、7,8イージスによる制圧ゲームが、対復讐でもギリギリ成立可能になっている点

だ。

 

かつてのエイラは後ろ4にエイラを投げても残りの2コストをヒールカードで使い、

ラビヒをかませた圧倒的なインチキムーブが存在した。

ボードに取りこぼしがある中で、エイララビヒラビヒのような極端な上振れムーブで復讐がぶち抜かれた経験は誰もがあると思う。

 

今のエイラには極端な上振れがない。もちろん「エイラの祈祷」設置後の圧倒的なボード作成能力は健在であり、ミッドレンジを愚弄しているクルトもナーフを逃れているためエイラ自体のバリューは依然として高いままだが、エイラ絡みで対4ターン目にゲームがぶち壊れることはないだろう。

だが、リモニウムにはゲームを破壊するムーブがある。3面展開にリモニウムを載せて4枚の救済を利用して一瞬でイージスを着地、すべてを踏み潰す。コストを極端に下げたエイラを利用し、ナーフ前のような横展開をする。

「エイラをひけない試合でもリモニウムを利用してゲームを壊せる」ことで、キーカードへの依存度を下げ、なるべく安定したゲームを組み立てたいという発想からテンポリモニウムは始まっている。

 

【後手環境の中で唯一の先行ムーブ「マシンファルコン」の存在】

セクシーナーフは、rage1週間前という時期も驚きだったが、もう一点驚くべきことがあった。「全デッキで見た後手勝率が先行勝率を上回っている」点だ。

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先行勝率が50% を下回る

 

私の記憶が正しければ、シャドウバースはずっと圧倒的な先行ゲームだった。

最後の後手環境はROBのドロシーOTKエルフ環境にまで遡る必要がある。

レヴィルーン紅蓮3面処理のあの時代、もはや思い出の世界だ。

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懐かしのウィッチエルフ環境

そんな過去はさておて、今季も後手で戦いやすいと感じることが多いだろう。

エイラもそうだし、アザゼル、テトラ、すべて後ろ4で最強のバリューを出すからだ。

「進化権を要求し、ゲームの趨勢を決める4コストのカード」が意図的に複数クラスにばらまかれている。

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このカードが1年間ナーフされずに耐えられると思えない

後手を取りたい、というより対面に後手を渡したくないマッチが多すぎる。

ウィッチにテトラ進化リペアモードされたくない、アザゼル投げられたくない、

後手4に正しくカードを引かれるだけで辛いマッチが始まりがちなのが今季。

 

翻ってエイラに戻ると、もちろんリモニウムもエイラもクルトも後手のカードだが

、エイラには現環境唯一先行で圧倒的に強いカードが存在する。

いうまでもなく、マシンファルコンだ。

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最強の先行カード。いつ何枚引いても強い、本体スタッツもバグ

2/2/2にファルコン載せて対面の2/2/2を破壊、これが機械腕だった場合はなぜかライフ全開で次以降も必殺3/3が暴れ続ける。

エイラは「先行を取っても強い動きがある」今季唯一のアーキタイプだと評価していた。後手環境において、後手は最強な上に先行もとれるこのデッキを使わない理由がない。

そしてマシンファルコンを採用し、なんなら先行でマリガンキープするためには機械枚数を多くする必要がある。マシンエンジェルやマーセナリーを積みまして行った。

そんな機械と相性のいい最強のカードが存在する。リモニウム。

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後ろ4、先5 どちらでもいいなんてこんなゆるい進化カードなかなかない

テンポリモニウムは

先行で戦える特殊カードを強く使うために機械を増量した

結果

リモニウムイージスの特殊プランでエイラ抜きで戦うマッチも増えた

という1粒で2度美味しいアーキタイプになっている。

 

【鉄鋼の翼人VSユニコーンナイト】

テンポリモニウムの特徴的なカードが、鉄鋼の翼人である。

5/4/5突進で攻撃時にプロダクトマシーンを出す。

今季のカードだが、あまり見られることのなかった札でもある。

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気合いでイージスひねり出す

このカードと類似した役割を果たすのが、2+3コスの同じく5コスで4点出すユニコーンナイトだろう。

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エイラ下のバリューはピカイチ

テンポリモニウムにおいて5コスも払って機械カウントを一つも進められない除去は採用できない。イージスのバリューに期待しているのに、イージスを出すのが遅れたらただのコンシードエイラの劣化だ。

テンポリモニウムにおいて、鉄鋼の翼人は最強の札だと考えている。

・進化権を温存しながらイージスカウントを進め、イージスに進化を切りやすくなること

・エイラ下でも、横展開はバフとの相性が良く、エイラプランをとっても腐らない点

 

エイラを弾けても、リモニウムを弾けてもどちらでもゲームになるこの札は、エイラに頼った場合に最高のバリューを出すユニコーンナイトよりも明確に優先されるべきカードだろう。スペースがなくて枚数差込めなかったのが悔やまれる。

 

【最後に】

このデッキ、rage前にここまで言語化できていなかったため、細部のカード選択が甘い。マシンエンジェルの枚数は少なくとも3にしなければリモニウムの価値を落としているし、そのために一番エイラ側でバリュー落ちているラビットヒーラーを抜くのがおそらく正解なのだろう。

 

正直rage前に理解していたエイラは「なぜか知らないがリモニウムがナーフ後につよくなってる」「マシンファルコンってすげえ」「5/4/5って強い」の3点ほどで、明確にテンポリモニウムによる勝利プランをエイラの次の軸足と据えているという認識は、実は持ち込んでいる自分にもなかった。

rage中に「オリヴィエ入れてないことを後悔してる」と話しかけた際に、

「エイラには特化したオリヴィエコンシードと、エイラをひけなくても勝てると判断したリモニウム機械型があるから一概にオリヴィエ入れるのが正解じゃない」

と某サイコパスに教えてもらい、ようやく自分の持ち込みデッキのマリガンとデッキの立ち位置に気づかせてもらえた。

何一つ言語化できていない状態で適当に回していたおもちゃが、偶然デッキになっただけだった。

次は適当に持ち込んだデッキの立ち位置をrage中に知るということがないようにできるといいなぁ。

ウィッチ持ち込めてないのは日和ったからなので、それも弱かった。

 

 

 

キーボードを買った話【Niz plum84】

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ここ1年キーボードを買うようになった。

ちょうど今日新しいキーボードを買ったため、

打ち心地の検証も兼ねて感想を書きたい。

買ったのはこちらのNiz plum 84というキーボード。

(アフィついてないので安心してください)

www.amazon.co.jp

静電容量無接点方式で12000円という安さが気になってて、

アマゾンの在庫がラスト1個だったのもあって勢いで買ってしまった。

HHKBとかRealforceと同じ押し心地のキーボード。

もともと同じ静電容量無接点のHHKBを使っていたのだが、こちらを家用でも使いたくなり、しかしあの値段をぽいぽい出すのものなぁと思い2代目を買うことなく

ずっと別の赤軸のキーボードを使っていた。

 

静電容量無接点、赤軸、青軸の3つを試してみて、

やっぱり静電容量無接点のあの押し心地が一番気持ちがいいし打ちやすいと感じた。

それが1万円前半で買えてしまうのはお得感ある。

中国とか台湾のキーボードメーカーどこもすごい。

 

今回買ったものは84キーでファンクションキー、矢印キーなどなど一通りのキーが揃ったものだが、本当は最小の66キーのものが欲しかった。

が、アマゾンの国内在庫はなくて、メルカリではすぐ売り切れ、aliexpressで見つけたが謎のプレミアで2万円してたため、そこまで出すならもうHHKB買ってしまうなぁと思って、安かった84キーで妥協した。

 

 

【打ち心地】

あの特有の気持ちのいい打ち心地そのままでめっちゃ満足。買ってよかった。

スコスコという音がするあの音と、表現しがたいけどフワフワで気持ちがいい

あの打鍵感が好き。

ただ一点気になることがあるとすればHHKBより軽く反応してるような感覚があって、誤タッチしそうになることだと思う。

この製品にデフォルトでスプリングが付いてきてたのでそれを入れてキーを重くすることで一応対処しているが、注意したほうがいいかもしれない。

スプリング入れた方があの独特の音が強くなった気がしてむしろ好み。

キーボード自体には関係ないが、外のケースが結構安っぽいプラスチックなため、気になる人はいるかも。

あと入れ物の箱がチープ。別に箱なんてどうでもいいが、

本当にただのダンボールの箱で武骨だった。

 

 

キーボードのよくわからないところとして、キー数が増えたら値段上がりそうなものなのに、だいたい一番高いのはコンパクトなキーボードなのが謎。

小さい方が人気でプレミアがついてるのか、もともと小さいのが作るのが大変なのか、詳しい人がいたら教えてほしい。

静電容量無接点のあの押し心地、本当に癖になってしまうのでみんなも試してほしい。

 

 

 

【ネタバレ 感想】イース8

1.はじめに

イース8をクリアした。

初めてのイースシリーズだが、各作品が独立してることから8からやっても十分に楽しめた。

稀代の冒険家アドルクリスティンの残した冒険記を後世の読者が追体験するという舞台背景をゲームのフレーバーとしてだけではなく、

作品ごとに別の冒険記を使い独立した物語にすることで長編シリーズに対する途中参画の障壁を省くというのは非常に上手い設定だと思う。

グラフィック、システムに若干古くささは感じるものの、ハイテンポな戦闘が面白くて、ストレスなく遊べた。いいゲームだった。

ただ、このゲームの最後、ダブル主人公の一人の「ダーナ」と、

彼女によって導かれる結末がもやもやしたものだったためそれを整理したい。

 

2.ストーリー

 

このゲームは徹頭徹尾ダーナの自己犠牲でできている。

エタニア王国の大樹の巫女として、最後までエタニア王国をラクリモサによる滅びから救おうと奮闘しする。そして最期それが叶わないとわかると今度は自らの身を封印し、遥か未来のアドルたちの時代、「次のラクリモサ」を救おうとするのが彼女の目的となる。

最終的に現代でアドルと共にラクリモサに抗い、ラクリモサを司るシステムを破壊することで彼女の目的は完遂するものの、システムを壊すことで世界そのものの基盤が崩れてしまう。

最後、世界滅亡の危機に際してダーナは自分自身を神に差し出すことで、世界の滅亡を防ぐ。が、人として生きることはできず、自分自身がラクリモサを司る神となって終わり。

主人公であるはずのアドルは結局この物語では傍観者、語り部としての役割でしかない。

実際に世界を救うのはもう一人の主人公であるダーナだ。アドルたちは世界を救うために冒険しているようで結局「世界を救ってもらった」にすぎない。

3.エンディングの後味の悪さ

物語の中盤で、未来を見える予知の力でアドルたちとの別れを予期したダーナが、どうせ別れるなら辛くないうちに、と仲間から離れるシーン、

結局「別れは避けられなくても、自分の言葉で別れを告げるんだ」というところに落ち着き仲間に再び合流する。

 

結局エンディングはここの伏線を回収するように動く。

逃れられない別れの時をどう満足して過ごせるか、新エンディングではそれを達成するためにラスボス戦後にエピローグが分岐する。


神になったダーナを見得るようにするため、追加ボスである始まりの木を倒し、

最後にダーナにお別れを言って終わりというのが、真エンディング。

結局このエンディングの後味が悪いのは、

ダーナが客観的に見て何一つ救われていない」点だ。
最後にお別れを入れるというその一手のだけの違いで、結局ダーナの自己犠牲は何一つ変わらない、ダーナが犠牲にならずに済む世界はない。

このゲームのモヤモヤ感のすべてはダーナの救われなさに執着する。

もちろん、ここでダーナが死なずに済むご都合エンディングが合わないのはわかる。
エンディングがあるからこそ、最初のアドルの独白(ゲーテ海案内記序文)の文章に

趣が出るというのはその通りで、同意する。クリア後に戻ってくるタイトル画面もいい、そこまでは100%同意できるし、このゲームの素晴らしいところだと言っていい。

 

ただダーナを犠牲にした世界で、主人公たちの心残りを消すために追加イベントでダーナの最後の願いを叶えてあげるというのが欺瞞にしか観えない。

プレイヤーに用意された「生ぬるい救済」をもって真エンディングとするのが個人的に納得いかないと感じる。

 

むしろ、アドル以外のすべてがダーナの存在を忘れ、ダーナの喪失というものを痛々しいほどに感じるバッドエンドの方が、ダーナの犠牲を礎とし救われた世界に生きる人々、そしてこのゲームを最後までプレイして結末に到達したプレイヤー(私)にとってはあるべきエンディングだと私は考える。

 

4.まとめ

過去に親を亡くしたトラウマから、「この手がとどくもの全てを助けたい」という強い意志を持つようになった彼女だが、結局彼女の手がとどくところに世界そのものがあったから一切の躊躇なく世界を救いに行ってしまった。

結局「ダーナは周りを救うことしか見えておらず、その救いの中に彼女はいない」というダーナの友人であるオルガの独白が、何も解決することなく終わる。

世界と自分どちらを救うかという一種の「ありきたり」のストーリー、普通ならここでの葛藤が物語を動かすはずなのにこのゲームは違う。

ダーナは世界と自分を天秤にかけて一切の躊躇なく自分の身を差し出す。本来は感動すべきシーンなのに、行動原理が理解できないため言い方は悪いが「たなぼたで世界を救ってもらった」ようにすら感じた。「畏敬の念」を覚えるというより理解ができない。

 

だからこそ、ダーナの自己満足を救いとして何の憂いもなく島を離れる真エンディングに極めて強い違和感を覚えるのだと改めて感じた。

 

総合的に見るとゲームは良かったのでイース9も楽しみ。

 

 

 

 

 

 

 

2018年 ゲーム感想 【Switch編】

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オクトパストラベラー

NPC全員からアイテム盗めるみたいな設定、

3Dとドット絵をうまく配分したグラフィックは良かった。

しかしストーリーはお粗末、群像劇っぽく見せておきながら

それぞれのストーリーは一切絡みない完全並列。

クリア後の補完でそれぞれのストーリーの背景にはつながりがあるんですよ〜という話を石碑に書かれた文章で示してきたが、あまりにも雑。本編でやってくれ。

お手軽古き良きゲーム。サクッとプレイするには適している。

クリア後の裏ボスまで行かないと本編のつながりが見えないのは結構まずいと思うんだけど・・・。

 

ロックマン11

初めてのロックマン。ちょー難しかった。

被弾のノックバックが尋常じゃなく強くて、それで足場から落とされるのが

古臭い理不尽さを感じる(そういうゲームなんだと思うんだけど)。

ボス戦もそれなりの難易度で良かった。

ノーマルでクリアしただけだからハードモードは手付かず。

 

レッツゴーピカチュウ

 

GOに寄せて野生戦闘を拝するという思い切った判断は良かったと思う。

初代から草むらの出現ポケモンいじることで新鮮に遊べた。

月見山でピクシーが野生で出現するみたいな、

「出ないはずのポケモンが出てくる」展開はすごい好き。

 

 

ライバルをグリーンから変える必要があったのかは疑問だけど、

「主人公たちより一昔前、ポケモン図鑑すらなかった頃に旅を始めた先輩」

という設定にすることで、グリーンというキャラを一つも傷つけることがなかったのは

素晴らしい。

 

全体的に初代のストーリーの説明不足なところを少しだけ語るように変更しつつも、

初代の元の文脈に対して強い敬意を払ってることがわかるストーリーの描き方は

ライターの素晴らしい腕のなせる技だと思う。

完全に妄想だけど、初代世代でゲーフリに入ったって感じの

初代ファンがストーリーに関わってたんじゃないだろうか。

 

初代に強いリスペクトをしつつも、現代のゲームとして最低限必要なものを担保させようとしているところが強く印象に残っている。

例えば、シオンタウンに着いた後、初代ではかなり自由度がある行動ができるけど、その反面どこに行けばいいのかわからなくなるというのが問題だった。

具体的にはシルフスコープを取りにタマムシロケット団アジトにいくというルートがわかりにくい。

これをピカブイでは「親を失ったカラカラ」にフォーカスを当てて、

カラカラという存在で自然にタマムシへの導線を引くことができている。

カラカラを捕まえるのがライバルだという展開が個人的には結構好きで、

 

ラッタを死なせたグリーンとカラカラを生かすライバルの対比構造は

初代の補完要素として完璧だと思う。

 

特にポケモンタワーのライバル戦では初代ライバルのセリフ、

おまえのポケモン しんだのか?」

を踏襲しつつ(死ぬというワードは出してなかったはずだが)、

「主人公のポケモンに何かあったのかを純粋に心配しての言葉」

として使うのは憎い演出だ。

他にもポケモンリーグでのオーキドの登場シーンを戦闘前に変更するとか、サカキとタシルフ社長の会話を補完するとか、ものすごく細かいところでキャラの整合性を保とうとすることやファンサービスができてるいいゲームだった。

UIがあまりにもくそなことを除けば、ピカブイは本当にいいゲームだったと思う。

ピカブイについて初代との差分で語れることいくらでもあるのでまた別のブログで書きたい。

 

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Celeste

Gotyにノミネートされたインディーズゲーということで気になってプレイした。

死にゲーなんだが、リスタートにストレスがなく最後まで遊べるよくできたゲーム。

Celeste山に登るという主目的の裏に、主人公マデレンの精神疾患の話が混じって、

アクションを阻害しない程度にストーリーがあるのが好き。

ゲームとしての目的(アクションステージのクリア)と

マデレンの目的(困難な挑戦をなしとげ、山に登る)を

一致させているところが心地いい。

シンプルな面白さを突き詰めたアクションゲーム。すごくいい。

 

 

 

 

 

 

 

2018年 ゲーム感想【PS4編】

2018年もいっぱいゲームできてよかった。

PS4とその他で分けて書く。

 

PS4

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モンスターハンターワールド

待ちに待った据え置きモンハン。過去作での不便さを解消し

(砥石の無制限化、クエスト中の武器変更、調合書廃止などなど)

「現代」のモンハンになっていて素晴らしい。

特筆すべきはアプデによるモンスター追加だろう。今までのモンハンとは違い、精力的な新規モンスターの追加(アンロックではなく)により2月発売ながら12月まで遊び続けることができた。これはなかなかできないことだし、賞賛したい。

追加モンスターの中では特にベヒーモスがよかった。

装備を整え、ボイチャによる連携込みのフルパーティですら苦戦する極ベヒーモスは、これぞエンドコンテンツというゴリゴリの調整に仕上がっていて、さらにはその強さに見合う報酬もただの着せ替えというところがすごくいい。

これぞゲーム。

 

ホライゾン・ゼロ・ドーン

プレイできていなかったので今更ながらプレイ。

ポストアポカリプスものとしての世界観はよかったが、

主人公アーロイの性格が謎で感情移入できず。

戦闘も面白いっちゃ面白いが、弓の火力低くてダレる。

 

 

仁王

プレイ前は和製ダークソウルだと思い込んでいたが、それはエアプだった。

難易度の上げ方が全然違う。

難易度の高め方を勘違いし、「狭いところに大量の敵」の黄金パターンによって

難易度をコントロールしようとした哀れな死にゲー。

とにかく狭いところに敵が出てくる。本当に、誇張なく。

序盤のステージである厳島神社が特に素晴らしい。

視界の悪さ、柵がなく海に落下死

しやすい構造、初見殺しの落下ギミック盛りだくさん、狭いところに大量の敵・・・、

と仁王の面白いところ全てが詰まった最高のステージ。

 

仁王をプレイせずしてゲームのレベルデザインは語れない。

1:1のボス戦は面白いのだが、ステージのレベルデザイン担当は難易度と不快を勘違いしているアルバイトだったのだろう。

面白さと不快さが共存している。印象に残るゲーム。

 

 

ザンキゼロ

今年唯一の投げたゲーム。ストーリを楽しませたいのだろうが、

お粗末なリソース管理劣化風来のシレンがついてきてつまらなかった。

ストーリーが面白ければゴミみたいなゲームがおまけについてきても

楽しめるのだが、序盤のストーリーも面白くない始末。

3ステージ目で投げた。

 

 

 

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スパイダーマン

スパイダーマンになりきる」、ためのゲーム。

スパイダーマンらしさ、空中を糸で自在に移動することをゲームの中で表現するために、ニューヨークの街をそっくりガワだけ作成してマップにするという狂気的な発想が全て。移動がとにかく楽しい。

スパイダーマンのファンゲームでありながら、スパイダーマンを何も知らない人がプレイした場合、その人をスパイダーマンの新たなファンにしてしまう、

このゲームにはそれだけの力がある。

GOTYは取れなかったが、このゲームは2018年を代表するゲームなのは間違いない。

 

 

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Bioshock

リマスター版で今更プレイ。2007年のゲームであり、もはや古典の域に達しているとすらも言えるだろうが、このゲームの魅力は一つも衰えない。まぎれもない傑作。

ストーリーテリング、世界観、舞台設定、そして「ゲームでなければ表現できない」最高の展開、プレイしていて思わず膝を叩かずにはいられない、あまりにも優れた作品。

特に海底都市ラプチャーのグラフィックは(リマスター版であることを加味しても)、

現代のゲームと何一つ謙遜ない。

素晴らしいゲーム。

惜しむらくは、ゲームでなければ成しえない最高の展開の後、

若干蛇足ぎみになってしまうところか。

 

Bioshock infinite

"Bring us the girl, and wipe away the debt!"

サイッッッッッッッッッッこうのゲーム。

いや、最高すぎる。Bioshock三部作を閉める終わりの作品としてあまりにも

優れたゲーム。空中都市コロンビアを舞台とし、

舞台設定も時代も何もかも一作目のbioshockとは違う。

だが最後までプレイしたらわかるこのゲームのbioshockらしさ。

「何がbioshockなのか」を自ら規定し、そのらしさを下敷きに

さらに一つ上のナラティブを作り上げた。

1が禁じ手とも言えるゲームを利用した最高の演出をしてしまったため、その続編は非常に作るのが苦しかったと推察される。あまりにもbioshock1は凄すぎた。

だが私はinfiniteは1を超えたと思う。すごい。

 

 

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Red Dead Redemption2

最高のゲーム。2018年を代表する、最高のゲーム。

これをやらずに2018年を語ることはできない。

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GOWいまやってるが、終わらなかったので、来年に持ち越し。

大作ゲームはやっぱりいい。約束された面白さがある。

ゲーム界の勇者。

 

 

 

 

【感想】Red Dead Redemption 2  ゲームと狂気と面白さ

RDR2をクリアした。
恐ろしいほどに優れた、2018年のなかで一番面白い比類なきゲームでありつつも、

現代のゲームとは思えないお粗末な操作性でもある、そんなゲームだった。

このゲームはプレイヤーを楽しませる気は一ミリもない。

狂気に取り付かれたゲーム製作者が、「19世紀末アメリカをゲームの中で再現する」こと、「フロンティア時代の終わり、西部開拓の残滓を求める時代に取り残されたギャングが『終わる』物語を描くこと」それだけに注力したゲームだ。

 

1.「終わりへの物語」

RDR2は前作の前日譚を描いた物語だ。前作RDRは1910年代を舞台に、連邦捜査官に家族を人質に取られた元ギャング、ジョンマーストンが家族を取り戻すためかつて自分の所属していたギャングの仲間を殺しに行く、贖罪リデンプションの物語だった。


今作では遡ること15年前、そのギャングがまだ活躍していた時代を舞台とし、

時代との軋轢から崩壊したギャングの顛末を描く物語だ。

 

(時系列では前日譚だが制作されたのは2の方が後だから当然だが)、1で名前が一切出てこない過去のキャラクター、アーサーモーガンという男が主人公になっており、ギャングが崩壊することはすでに確定された事実となると、この主人公が最後に迎える結末は、始まる前から察しがつく。

1899年、アメリカ。開拓時代が終わり、法執行官は無法者のギャングを一掃し始めた。 西部の町ブラックウォーターで大掛かりな強盗に失敗した後、アーサー・モーガンとダッチギャングは逃亡を余儀なくされる。連邦捜査官と国中の賞金稼ぎに追われる中、ギャングたちが生き延びるためにはアメリカの荒れた土地で強奪、暴力、盗みを働くしかなかった。抗争に関わるほど、ギャングはバラバラにされる危機に見舞われる。アーサーは、自らの理想と自分を育ててくれたギャングへの忠誠、そのどちらかの選択を迫られる。

公式ページより引用

 

このゲームではプレイヤーは「アーサーモーガン」となり、世紀末アメリカを舞台とした広い世界を旅することとなる。

銀行強盗、民家への押入り、列車強盗、荷馬車への押入り、馬泥棒、羊泥棒、殺人強盗なにをしても良い。もちろん強盗を行えば法執行官に追われる身となり、賞金稼ぎにも狙われることがあるが。

このゲームは自由だ。荒野、雪の降る高山、近代化の進む工業都市、ワニが潜む沼地、様々なロケーションが用意されており、住人との交流(強盗含め)、生き物(釣りと狩猟ができる)、別のギャングとの戦闘、カジノでのギャンブル、ガンマンとの決闘などのイベントを楽しめる。

意味不明な分量が用意された本筋から外れた作り込みに加え、本筋では主人公であるアーサーモーガン贖罪リデンプションが描かれる。


2.操作性の悪さ

このゲームは操作性がとにかく悪い。というより2018年のゲームが当然満たすべきUIの水準を一切無視している。

例えば、このゲームで馬に乗るのは馬の近くで三角ボタンなのだが、三角ボタンには人を脅す際にも用いられるため、人ごみの中で馬に騎乗しようとした際に運が悪いとそのまま馬に乗れずに横の人間の首を締め出す時がある。もちろん警察に指名手配され、射殺される。
キーの配置が到底理解できないものになっており、とにかく利便性が悪い。視野移動の反転もコンフィグにはないし、人に話しかけるボタンと銃を構えるボタンが時たま入れ替わる。

オープンワールドなのにファストトラベルが拠点からの片道制度もしくは、町々を結武鉄道、駅馬車頼りなのもすごい。確かにこのゲームは馬に乗って移動する中で発生するイベント、不意の野生生物からの襲撃、郊外に潜むギャングとの偶発的な戦闘、と移動そのものがかなり楽しさに満ちているものの、「ファストトラベルを意図的に不自由にする」というのはかなり思い切った手法だろう。なかなかできることではない。

 

3.ストーリーテリングの妙

このゲームは人が死ぬ。先ほどまで一緒にいた仲間が、軽いイベントの中で死んでいく。過度に演出残ったイベントはない、「ギャング」という生き様の末路を、ボロ雑巾のように死んでいく仲間たちの死が雄弁に語る。

 

このゲームでもっとも面白いのはギャングのリーダー「ダッチ」という存在だ。

ギャングと義賊の差異、そして「義賊」としての生き方を雄弁に語る、癖のあるギャングをまとめるカリスマ、アーサーは幼い頃にこのダッチに拾われギャングに入った過去がある、大恩ある「師」であると言える。

 

「時代の軋轢に翻弄され、崩壊していくギャング」の顛末を追う物語の中で、 

無関係の市民を殺さないことや、不必要な殺しを避けるといった「義賊」として踏み入れてはならない一線を、ダッチはどんどん越えるようになる。

仲間のことを思っての行動だと皆に説明した次のシーンでは、敵の挑発に乗り仲間を危険に晒す。

「計画がある」と皆に語るその口は雄弁だが、実際には行き当たりばったり。

銀行強盗や泥棒をしても、かつてはいくらでも逃げることができた。近代化により整備され始める軍隊、電話をはじめとする連絡網の発達が、それを許さない。

 

ゲームが進むにつれ、アーサーは義賊としての建前を捨て、ただの犯罪者と成り下がろうとするダッチの行動を疑い、彼が「狂ったのではないか」という疑念を持つ。

 

面白いことに、彼は本当に狂ったのか、それとも昔から残忍な性格にもかかわらずその本性を隠していただけなのか、その真実は物語の最後まで語られることはない。その曖昧性がいい。

物語のキャラであるということを極力見せないように、キャラ設定がなされている。

「安易な語りやイベントを排する」選択をとれることに、極めて優れたライターのさじ加減を感じる。

 

 

4.狂気的なまでの作り込み

このゲームは作り込みが狂っている。

ゲーム中に登場する「新聞」に実際の記事を全てのせたグラフィックをわざわざ用意するバカ、

回復アイテムや銃弾の商品リストが載っている「カタログ」の全てのページに実際に1800年代のカタログを模して全てのカタログのページを用意する狂人、

ゲーム中にできるミニゲームのポーカーのために誰も読まない5ページ分くらいスクロールできる説明を用意するアホ、

「銃のリアル感」を重視するためにプレイヤーの快適さを犠牲にして、ライフルを打つたびにレバーアクションを挟む動作をわざわざ 追加する変態、

大陸横断鉄道や南北戦争といった舞台背景に対して、一切説明を入れずにセリフやドキュメントでバシバシ舞台背景を加味した文章を書く自己中、

このゲームをプレイしていて、制作者の狂気的な情熱を感じなかった瞬間が一度もない。間違いなく狂人の集団が作ってる。隅から隅まで完成された世紀末アメリカの舞台背景の中でストーリーを描く贅沢さ、途方もない時間と金をかけて完成された趣味の世界、狂っているとしか言いようがない。最高。


5. まとめ

「圧倒的な物量と作り込み」、「その上に描かれる最高のストーリー 」の二つが重なって生まれた至高のゲーム。惜しくも今年のGOTY受賞とはならなかったが、今年やったゲームの中では最高のゲームだと言っていい。

アーサーモーガンという男の生き様、そして贖罪リデンプションをプレイする価値は極めて高い。

 

 

 

【ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド 感想】ハイラル城という「ブレスオブザワイルド」

 

0.はじめに

ブレスオブザワイルド、今更このゲームの面白さを語るのは無粋だろう。2017年に出たSwitchのロンチタイトルは、これまでのゼルダという枠組みを壊し、ゲームの歴史を覆す、素晴らしいゲームだ。

発売から一年以上経過して、DLCも終わり、おそらくこのゲーム本編に関わるコンテンツも完全に出尽くしたいまになって面白さに関して何を語ることがあろうか。

広大なフィールドデザイン、世界とのインタラクション、これまでのゼルダにはないストーリーテリングの魅力、何を取っても朝まで語り尽くせる話の用意はあるが、

今回はブレズオブザワイルドのなかで最も異質で、しかしながら最もこのゲームを体現した存在である「ハイラル城」という存在について語りたい。

 

1.終着点としてのハイラル

ゼルダの伝説、その多くの作品においてハイラル城は特別な存在であるが、特にブレスオブザワイルドにおいてそのシンボリックな意味は非常に強められ、ただの最終目的ではないではないこのゲームを特徴づける存在そのものになっている。

 

回生の祠から外に出たリンクが初めて見る景色、記憶を失い目覚めたばかりのリンクの

眼前に広がる広大な景色、裏で流れるメインテーマ、現れるタイトルロゴ、あまりにも素晴らしいストーリーの導入部分だが、まさにそこにあるのがガノンに瘴気に飲まれたハイラル城、ストーリーの終着点そのものだ。

 

閉鎖空間の回生の祠から一気に外に飛び出した開放感が、

ただでさえ広いブレスオブザワイルドのの世界を無限に広がる大地であると錯覚させるとともに、このゲームの終着点であるハイラル城をプレイヤーに印象付ける。

 

「広いだけではなく、わかりやすい」という相反する矛盾を超えることを指向した、

オープンワールドゲームがハマリがちな呪縛をいかに回避するのかを常に考えられた

このゲームデザインは褒める言葉が思いつかない。

「最後にハイラル城に来ればこのゲームはクリアできる」ということを開始3分でプレイヤーは理解できる。

 

さらにブレスオブザワイルドのストーリーは極めてわかりやすい。

100年前の弔合戦、乗っ取られた4神獣を取り戻し(ここですら任意だが)

ガノンを倒す、それだけだ。プレイヤーはどういう過程を経てもよい、何をしてもよい自由を与えられる。

しかし、どういう経路を経てもプレイヤーが最後に到達する場所、それこそがハイラル城だ。

 

2.ブレスオブザワイルドにおける「ダンジョン」

ブレスオブザワイルドは、リンクが「崖つかみ」によって「どこにでもなんでもできる」抜群の自由度を生み出したが、代わりに犠牲になったものがある、

それは「ダンジョン」だ。

ブレスオブザワイルド以前のゼルダ(さらに言えば時のオカリナ以降の謎解きメインの3Dゼルダ)の特徴と言われて、真っ先に上がるはダンジョンだろう。

これまでのゼルダは「ダンジョン攻略」に主眼が置かれていた。

多くの部屋、謎解き、道中で手に入る新しい武器による道が開けるあの瞬間の楽しさ、あれこそがゼルダだったと言っても過言ではない。

このダンジョン、どこにでもいける自由度の高さや崖つかみと極めて相性が悪い。閉じられた部屋、練られた攻略ルートを通らないとクリアできないという謎解きそのもの、「新しい武器」によるルート打開、すべてがブレスオブザワイルドと相反するものだ。

 

推測に過ぎないが、ブレスオブザワイルドにおいてどうやって「ダンジョン」を扱うのかは開発チームの中でも議論が紛糾したところではないかと考える。

最終的な解決策が、「謎解きの単位をより細かくした祠」、「これまでのダンジョンの雰囲気を残した中規模な神獣」そして「ハイラル城」という3つに謎解きの役割を分担させるというものであった。

祠は、これまでのゼルダのダンジョンの小部屋一つ程度の単位を完全に一つ独立した小規模ダンジョンとすることで、

「広大な世界中に散らばる祠そのものの場所を探すこと」+「祠内部の小規模謎解き」

という二つの要素の組み合わせによって、「ゼルダらしさ」を継承しようとしたと言える。

特に「祠の場所を探す」こと自体によってかつてのゼルダのダンジョンの機能を代替させようとする試みは非常に面白いし、ブレスオブザワイルドの箱庭そのものを一つのダンジョンと見なして、1つのゲームとしてダンジョンを楽しめるようにしたのはプレイヤーの想像を超えてくる「ゼルダらしさ」への回答だと言えるだろう。

 

神獣は「ガノン支配下にある神獣を取り戻す」というこのゲームの中目標を作り上げるために生み出されたギミックだ。

ゲームとして馬鹿広いフィールドと散らばった祠だけでダンジョンを代替することで発生する、「目標が散逸してプレイヤーのモチベーションを保つことが困難になる」

という小規模ステージの問題点への回答だ。

それに加えて、神獣にひもづく4英雄の物語も非常に出来がよい。これまでもダンジョンの背景に街に住む重要キャラクターが関わることはよくあったが今回は「すでに亡くなっている100年前の英傑たち」と「百年後の世界を生きる今のハイラルの人」という2つの軸で描こうとする姿勢が特に素晴らしかったと思う。

回生の祠で百年の眠りから覚めた「記憶をなくしたリンク」が、まったく情報のないプレイヤーと同じ立場で一つ一つ記憶を取り戻していくというデザインは、

「過去がある」が「喋らない主人公」という特殊なリンクというキャラをうまく調理し、リンクとプレイヤーの一体感をうまく生み出していた。

 

さらに言えば、記憶を取り戻す過程で明らかになる、4英傑(+ゼルダ)それぞれの描き方は素晴らしかったし、魔獣ガノン戦の最初に神獣と英傑たちが手助けをするというシーンの感動はこれまでのゼルダになかった「ストーリーとしてのアツさ」を強く前面に押し出すものだったと言えよう。

英傑たちの詩(DLC)のラストシーンも、100年前のもう取り返しのつかない、彼らはすでにガノンの手で殺されてしまっているだという要素をプレイヤーが知ってるからこそ、非常に明るいシーンなのに物悲しさを感じさせるし、それが「ウツシエ」によって現在に残っているという描き方は、ストーリーの組み方として極めて優れていた。

 

祠も神獣もかつてのゼルダのダンジョンというものをどう取り込もうかという考えのもとで、よくできたシステムであることは間違いない。

しかしながら、これらとは一線を画す、「ブレスオブザワイルドのダンジョン」を魅せてきた、それこそがラストダンジョンである「ハイラル城」だ。

 

3.ハイラル城という「ブレスオブザワイルド」

ハイラル城はブレスオブザワイルドのダンジョンの中でもっとも作り込まれ、そして「ゼルダらしさ」と「ブレスオブザワイルドらしさ」を完璧に複合させた唯一無二のダンジョンだ。

祠や神獣は、「閉じられた空間」「ある程度決められたルート」による謎解きという点で、これまでのゼルダのダンジョン要素を今作に落とし込もうとして作られたものだと言える。

しかし翻ってハイラル城は違う、「何をしてもいい」、「どう攻略してもよい」高い自由度の中で組まれている。

 

ハイラル城は「何をしても自由だ」。

正面の門をマグネキャッチでこじ開け、ガーディアンの群れを強行突破し、ライネルを倒し、ガノン控える本丸まで正面突破してもよい、さらには廃坑を経由した裏ルートを通ってもよい、裏口にある港から場内にこっそり忍び込むのもよい、なんならバグ技で浮かせたトロッコで本丸まで空から到達してもよい、何をするのも自由だ。

 

祠や神獣では謎解きを成立させるためにリンクが壁に登れなくなっている、自由度の高さが謎解きとどうしても両立せず、ここを制限しないとゲームにならなかったことは重々理解できる。

しかしながらハイラル城では壁に登れる。何をしてもよいのだ。

途中の部屋から往時のハイラル城の栄えていた姿を見てもよいし、ハイラル王の葛藤が見られる手記を読んでもよい、記憶を取り戻すためのゼルダの研究室を覗いてもよい、地下牢獄にあるスカルヒノックスを倒してハイリアの盾を手に入れてもよい。

強烈な自由度、ブレスオブザワイルドそのものを、「ダンジョン」に落とし込んだ唯一無二の施設、それこそがハイラル城だ。

このゲームのラストダンジョンはこのハイラル城でなければならなかった。「自由度」と「ゼルダのダンジョン」というこの矛盾を最後の最後で乗り越え、回答をプレイヤーに提示してくる任天堂の天才っぷりは妬ましさを超えて、素直に脱帽するしかない、負けを認めるしかない。

誰がこのハイラル城を「ダンジョンではない」と呼べるだろうか、「ハイラル城にはゼルダらしさがない」と言える人はいるだろうか。

 

最後まで高い自由度でありながら、突如ラスダンだけが自由度奪われ、

ルートが決まった「ハイラル城」であったらこのゲームは成り立たない。

ゼルダの当たり前を見直す」というブレスオブザワイルドの根幹をなすメッセージをもっとも強く表し、「これこそがゼルダなのだ」というその任天堂からの回答は全てハイラル城に詰まっている。

 

4.最後に

3Dゼルダは「時のオカリナ」という傑作中の傑作の影に常に怯えていた。

何をどう作っても時のオカリナと比較され、「大規模ダンジョン」、「謎解き」、「ダンジョン内で入手する新武器」といった要素は常に時のオカリナから一貫してゼルダらしさとして残り続けてきたし。

 

ブレスオブザワイルドは「ゼルダの当たり前を見直す」ことにより、これまでのゼルダらしさだと我々プレイヤーが思っていた大前提すらも叩きこわし、時のオカリナを超える宇宙一の大傑作となったと私は思う。

次のゼルダがこのブレスオブザワイルドすらをも超えて、面白さのあまり死ぬほどの出来になることを強く、強く期待している。